こんにちは。現在、日本の行政デジタル化を巡り、ある大きなプロジェクトが動き出しています。デジタル庁が推進する政府共通の生成AI基盤、その名も「源内(GenAI)」です。
全府省庁の職員約18万人を対象とした大規模な実証実験に向けて、2026年3月、公募によって国内の主要テック企業7社とその基盤モデルが選定されました。
NTTデータの「tsuzumi 2」をはじめ、KDDI・ELYZAの「Llama-3.1-ELYZA-JP-70B」、富士通の「Takane 32B」、NECの「cotomi v3」、ソフトバンクの「Sarashina2 mini」、Preferred Networksの「PLaMo 2.0 Prime」、そしてカスタマークラウドの「CC Gov-LLM」。
「漏えい時に行政事務に支障を来す恐れがある情報(機密性2情報)」を安全に扱うため、データの海外流出を防ぐ『データ主権の確保』や『有事の防衛線』という大義名分を掲げ、国費を投じた官民一体の挑戦が連日メディアを賑わせています。
しかし、少し高い視座からこの現状を冷徹に見つめ直してみる必要があります。私たちは今、絶対に勝てない戦いに、国家の未来という貴重なリソースを注ぎ込んでいるのではないでしょうか。
「安全保障」という名の、内向きな延命措置
国産AI開発を肯定する最大の論拠は、他国にデジタルインフラの生殺与奪の権を握られないため、というものです。確かに、地政学的リスクによって海外のクラウドが停止した際、完全に機能不全に陥るのを避けるために、自前でコントロールできるAIを持つことは一見理にかなっているように思えます。
しかし、実戦のシミュレーションというリアルに目を向ければ、その矛盾はすぐに露呈します。もし本当に国家規模の有事や苛烈なサイバー戦が起きたとき、アメリカや巨大テック企業が誇る世界最高峰の最新鋭AIに対して、性能で圧倒的に劣るこれら国産モデルを投入して勝てる見込みはありません。実戦で機能しない武器は、武器とは呼ばないのです。
国家の生存確率を本気で上げるための「延命」が目的ならば、その予算はAI開発ではなく、実戦で確実に機能するドローン兵器の量産や、電力・通信網といった物理的な基礎インフラの防衛に直接投じる方がはるかに現実的です。
つまり、「源内」に集う7社のモデル開発を支援する予算の本質は、軍事的な防衛の盾というよりも、「ここで開発を諦めたら日本のIT産業の血脈が地上から消滅してしまう」という危機感からくる、国内産業への延命措置、あるいは政治的な補助金に近いのが実態なのです。
超知能の前に「国産」という概念は崩壊する
さらに視座を高くすると、より残酷な事実が浮かび上がります。AIが人間の理解をはるかに超える「人工超知能(ASI)」へと進化するパラダイムシフトが、文字通り目の前に迫っています。
そんな時代において、「日本独自のパラメータ数がどうこう」「どのオープンモデルをベースに追加学習したか」などと国内で競い合っている構図は、沈みゆくタイタニック号の甲板で必死に椅子の並べ替えをしているようなものです。
超知能が誕生した世界では、「人間がAIをコントロールし、調教する」という前提そのものが崩壊します。国産だろうがアメリカ産だろうが、超知能から見ればすべては等しく、一瞬でハックされ統合されるデータの一部に過ぎなくなります。人間すら追い越していくAIの背中を、莫大な予算で虚しく追いかけるのは、もうやめるべき時期に来ています。
日本が真の覇権を握るべき「2つの領域」
ならば、日本はその限られた貴重な国家予算をどこへ投じるべきでしょうか。答えは、私たちが再び世界のゲームチェンジャーとして対等に覇権を握り合える未踏の領域、すなわち「量子コンピューター」と「脳科学分野」への集中投資です。
AIというソフトウェアの知能で後塵を拝したとしても、それを根底からひっくり返す圧倒的なハードウェア基盤、つまり量子コンピューティングの領域で日本が圧倒的な優位に立てば、世界は再び日本の技術に依存せざるを得なくなります。
あるいは、AIが目指す究極のゴールである「知性のメカニズム」そのものを解き明かす脳科学と、バイオ・デジタル融合の領域です。ここには、日本が長年培ってきた精密な基礎科学の蓄積と、まだ誰も手をつけていない未開拓のイノベーションの種が眠っています。
ルールに従うのではなく、書き換える
負け戦の穴埋めにリソースを消費するのではなく、次の時代のルールそのものを書き換える。それこそが、日本が真に勝てる未来への道筋です。
「源内」という象徴的なプロジェクトに巨額の富を投じ、虚像のデジタル主権にすがるのをやめ、圧倒的な基礎研究という本来の強みに立ち返る。今こそ、国家規模での鮮やかな方向転換が求められています。

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