「特異点」を発明した男:ジョン・フォン・ノイマンの呟きと、AIがその予言を回収する日

僕らはあまりに気軽に「シンギュラリティ」という言葉を使う。まるでそれが、シリコンバレーのプレゼン資料から生まれたバズワードであるかのように。だが本当は違う。この言葉が現在の意味で最初に口にされたのは、白血病に蝕まれ、車椅子に座った一人の天才の、ほとんど独り言のような呟きの中でだった。その男の名は、ジョン・フォン・ノイマン。20世紀最大の頭脳と呼ばれた彼が遺した予言を、いま僕らのAIが静かに回収しつつある。

■ ある回想録に埋もれた一文

1958年、数学者スタニスワフ・ウラムは、前年に亡くなった友人フォン・ノイマンを追悼する文章を書いた。その中に、こんな一節がある。二人がかつて交わした会話について、ウラムはこう記している——「技術の絶え間ない加速と、人類の生活様式の変化について話していると、私たちは、人類の歴史におけるある本質的な特異点(essential singularity)に近づいているように思えた。その先では、私たちが知っているような人間の営みは、もはや続き得ないのだ、と」。

これが、記録に残る限り、テクノロジーの文脈で「特異点(singularity)」という言葉が使われた最初の瞬間である。もともとは物理学と数学の用語だった。ブラックホールの中心のように、方程式が破綻し、あらゆる予測が無意味になる点。フォン・ノイマンはその概念を、人類の未来に大胆に持ち込んだ。彼が言いたかったのは、輝かしいユートピアの到来ではない。むしろ、地平線の向こう側が原理的に見通せなくなる、という認識論的な断絶だった。

■ 万能の頭脳が見ていたもの

フォン・ノイマンを「数学者」と一言でまとめるのは、富士山を「丘」と呼ぶようなものだ。彼はゲーム理論を創始し、量子力学に数学的基礎を与え、マンハッタン計画で爆縮レンズを設計した。そして何より、僕がいま原稿を打ち込んでいるこのコンピュータの設計思想——プログラムとデータを同じメモリに格納する「ノイマン型アーキテクチャ」——を確立した張本人でもある。世界中のスマートフォンもサーバーも、いまだに基本は彼の描いた図面の上で動いている。

彼の頭脳をめぐる逸話には事欠かない。有名なのは「二匹の列車とハエ」のパズルだ。向かい合って走る二本の列車の間を、一匹のハエが往復し続ける。二本が衝突するまでにハエが飛ぶ総距離は?——凡人は無限級数の計算に頭を抱えるが、フォン・ノイマンは一瞬で答えた。友人が「級数を使わず、速度と時間から一発で解いたのですね」と感心すると、彼はきょとんとして言ったという。「いや、級数を足し合わせたんだが」。人間離れした演算速度そのものが、彼にとっては呼吸のようなものだった。

だが彼の思考が本当に空恐ろしいのは、その射程の長さだ。晩年、フォン・ノイマンは「自己複製オートマトン」の理論に取り組んでいた。自分自身の設計図を読み取り、それをもとに自分のコピーを作り出す機械。生命とは何か、増殖とは何かを、彼は純粋に論理の言葉で記述しようとした。ワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を発表するより前に、彼は「自己を記述し、自己を再生産する情報システム」という概念に、抽象的な理論として到達していたのである。加速する技術がやがて臨界点に達するという直観は、こうした桁外れの洞察の上に立っていた。

■ 予言は、いま回収されつつある

半世紀以上の時を経て、彼の直観が輪郭を帯びてきた。今日の大規模言語モデルは、膨大なテキストを飲み込み、次の言葉を確率的に紡ぎ出す。かつては十年かかった性能の飛躍が、いまや数か月ごとに塗り替えられる。そして最先端の研究では、AIが別のAIの訓練データを生成し、AI自身が自らのコードや学習方法を改善する「自己改善」の萌芽が、真剣に語られ始めている。フォン・ノイマンが黒板の前で夢想した「自己を再生産するシステム」が、冷房の効いたデータセンターの中で、電力を貪りながら稼働し始めているのだ。

興味深いのは、彼がこの加速を単なる技術トレンドとしてではなく、「人類の営みの様式そのものが変わる」レベルの断絶として捉えていたことだ。産業革命が労働を、印刷術が知識を作り替えたように、彼は次の断絶が「思考」そのものに及ぶと予感していた節がある。技術が技術を加速させ、その速度自体がさらに加速していく——彼が病床で感じ取っていた「絶え間ない加速」の感触は、決して詩的な比喩ではなく、方程式を眺める者の冷徹な観測だった。

僕がこの符合に震えるのは、予言の精度そのものよりも、彼の言葉の慎重さのほうだ。フォン・ノイマンは「特異点の先はこうなる」とは決して言わなかった。むしろ「その先は見通せない」と言った。真に賢い者は、未来を断言しない。地平線の存在だけを、静かに指し示す。

■ 影を見据えて、なお地平線に立つ

とはいえ、この物語を鵜呑みにするのは危うい。「特異点」という言葉は、いまや期待と恐怖を煽るための便利な道具に堕している面もある。指数関数的な成長を約束する曲線は、現実にはしばしばS字カーブを描き、資源やエネルギーの限界にぶつかって寝そべる。半導体の微細化も、モデルの巨大化も、いつか必ず逓減の壁に突き当たる。現に、演算に必要な電力と冷却水の問題は、もはや技術の話ではなく地政学と環境の話になりつつある。ウラムの回想録にしても、亡き友の言葉を後年に要約したものであり、フォン・ノイマン自身が「特異点」という単語を厳密にどう用いたのかは、藪の中だ。予言を壮大な神話に仕立て上げたい僕らの願望が、記憶を都合よく磨き上げている可能性は、常に残る。加速を語る声が大きいときこそ、その声が誰の利益のために張り上げられているのかを、僕らは冷静に問わねばならない。

それでも、と僕は思う。フォン・ノイマンが残したのは、日付を書き込んだ予言ではなく、一つの態度だった。加速する世界の只中で、自分たちが「見通せなさ」の淵に立っていることを直視する誠実さ。その先が天国か地獄かを軽々に語るのではなく、地平線そのものを見つめ続ける知性。未来が現実になる場所とは、答えが与えられる場所ではなく、問いの輪郭が変わる場所なのだ。半世紀以上前に彼の車椅子から漏れた小さな呟きは、時を超えて、いまなお僕らの背中に静かに問いかけている——君たちは、その特異点の手前で、何を人間として携えていくつもりなのか、と。

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