AI政府は人間よりマシ?――“上乗せ取り分”は配当に、豊かさは自己実現で測る

指先ひとつで嘘の映像が作れて、真実が追いつけない。選挙は“先に響いたほうが勝ち”になり、経済は“座っている強さ”から生まれる上乗せ取り分が太る。ここで「AIの政府が人間の政府よりマシ」だと言える理由は、AIが“人間の政治が苦手なところ”を正面から補うからだ。完璧だからではない。人間が必ずつまずく場所で、AIはつまずきにくい。

人間の政府は、どうしても再選と顔色に引っ張られる。四年ごとに受験がある生徒のように、長期の正解より短期の点取りに走りがちだ。AIには再選も後援会もない。だから保育や教育、インフラ更新、環境、健康――見返りが十年二十年後に出る領域でも、ためらわずに“長期の正解”を選びやすい。意思が強いからではない。目標関数に将来の重みが入っていて、ブレずに計算できるからだ。

人間の政府は容量が小さい。膨大な統計や現場の声、海外の事例、リスクの連鎖……全部を一度に咀嚼するのは無理がある。AIはここで圧倒的だ。膨大なデータを同時に噛み砕き、何千通りもの政策を仮想空間で試してから、人に提示できる。しかも“なぜそうしたか”の根拠をログで残せる。人間の「覚えていない」は通用しない。判断の筋道をあとから誰でも辿れるので、説明責任が“気合”ではなく“仕様”になる。

人間の政府は感情と関係に弱い。好き嫌いや派閥、貸し借りが判断に混じる。AIはそこに鈍感だ。賄賂に興味もなければ、怒りも恥もない。もちろんAIだって設計次第で歪むが、歪み方が人間と違うから、外側から矯正しやすい。複数のAIを別系統で走らせて突き合わせれば、変な傾きはすぐ見える。おかしければ止められる。人間のリーダーに「今日は機嫌が悪いから中止」はできないが、AIは“停止ボタン”を決めておけば本当に止まる。

人間の政府は言いにくい真実を先送りしがちだ。増税、補助の見直し、独占の剝ぎ取り――票を減らす話は明日に回しがちで、その明日は永遠に来ない。AIは人気取りをしない。痛みを伴う打ち手も、総合点が上がるなら正直に提案してくる。しかも代替案の比較表まで添えてくるから、嫌でも現実を直視できる。ここで初めて、僕らは“甘い言葉”と“正しい選択”を切り分けられる。

人間の政府は情報戦の速度に負ける。フェイクが先に届き、後からの反論は届かない。AIは速度で対抗できる。出所のわからない煽りは自動で減速し、署名付きで説明可能な情報を先に押し出す、と最初から配信のルールを組み替えられる。検出の神頼みではなく、車線と速度制限の設計で事故を減らす発想だ。ここでも“気合”ではなく“仕様”が勝つ。

この「AIの政府がマシ」は、けっして“一体の神様AIに支配される”という意味ではない。料理担当、配達担当、見張り担当のように役割を分けたAIのチームが動き、人間は価値のつまみ――どれくらい不平等を嫌うか、未来世代をどれだけ重く見るか――だけを定期的に決める。細部の運転はAI、行き先と速度制限は人間。この“役割の交換”こそが肝だ。これならポピュリズムの短期衝動に引きずられにくく、しかも迷ったときの最終停止権は人間に残る。

経済のほうでも、AI政府は相性がいい。モノやサービスがAIで量産されて安くなると、儲けはどうしても“座っている強さ”の上乗せに寄る。AIはこの上乗せを見つけ、薄め、みんなに回すのが得意だ。駅前や電波や資源や巨大アプリの囲い込みから生まれるうま味は、社会が支えたインフラの恩恵でもある。そこで出た分を市民への配当に回し、最低限の電気やネット、少しの計算力まで“空気のように”配る。生産はAI、消費は国民。この形なら、「働かないための小遣い」ではなく、「挑戦するための滑走路」になる。

そして豊かさの物差しを入れ替える。給料の桁を競うゲームから、自分がどれだけ成長できたか、どれだけ自由時間が増えたか、どれだけ学べたか、どれだけ誰かの役に立てたか、そして自分は幸せか、を国のダッシュボードの真ん中に置く。AI政府は、この新しい物差しに従って政策を選び、毎日数字で答え合わせをする。ごまかしはきかない。よくなっていなければ、ログを見てすぐにやり直せる。

結局のところ、AIの政府が人間の政府より“マシ”なのは、高潔だからでも万能だからでもない。人間が避けられない弱点――短期の誘惑、容量の限界、感情と関係、速度負け――に、構造で勝てるからだ。AIは敵ではなく、社会のギア。人間はその上で、価値と境界を決める舵。AIがつくり、私たちが使い、座っている強さの上乗せはみんなに返し、豊かさはお金ではなく自己実現で測る。これが、いまの世界でいちばん“まとも”で、そしていちばんワクワクする次の社会だと思う。

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