AIが企業の業務を劇的に効率化している時代。世界各国の企業は、AIを導入して労働力を大幅に削減し、人件費を抑えると同時に、生産性を飛躍的に向上させている。
ドイツでは、AIが導入されるとすぐさま社員の労働時間が減少し、人々は短時間労働を謳歌しながら生産性を保っている。仕事がなくなった労働者はリスキリング(再教育)を受け、新たな仕事や起業、趣味の世界へと積極的に進出するようになった。アメリカでは、成果主義の徹底によってAIに取って代わられた従業員たちは速やかに他業種や独立事業に転換し、経済の新陳代謝が促進されている。
ところが日本の企業は、AI化の波に乗り遅れなかったものの、何かが違った。
日本の伝統的な会社では、AIが膨大な仕事を迅速かつ正確にこなしてしまうため、人間の社員にはほとんど仕事が残されていない。しかし企業側はリストラを行わない。なぜなら「雇用を守ること」が会社の重要な社会的責任だと信じているからだ。その結果、多くのサラリーマンは毎日、会社に来るけれども、仕事らしい仕事は見つからない。
やがて会社では新たなポストが誕生した。「AI監視係」や「AI応援係」だ。仕事はただ「AIが働く姿を見守り、励ます」ことだけだ。中には「AIへの感謝状を書く係」まで登場したという。
さらに、ある会社ではあまりにも社員が暇を持て余すため、オフィスでの「暇つぶし」を奨励するようになった。囲碁将棋や瞑想室、マンガ読み放題の休憩室が設置され、社員は日々のんびりと過ごすことが求められた。社員同士の交流促進として、午後のお茶会が制度化され、毎日定時にはお菓子が配布される。退屈すぎて始めた趣味のサークル活動は盛んになり、社内での音楽バンドや俳句サークル、園芸クラブが続々と立ち上がった。
一方でAIは日夜、淡々と働き続ける。業績は好調、利益は伸び続け、企業の経営者たちは「AIのおかげで人間の雇用が守られている」と胸を張った。
外国人がこの現象を目の当たりにすると、驚きを隠せない。「なぜ仕事がないのに会社に行くの?」と聞かれた日本のサラリーマンはこう答えた。「会社員だからです。会社に行くのが私たちの仕事なんです。」AIが労働を奪うのではなく、人間が仕事を放棄し始めたことに外国人記者たちは困惑した。
AIは高効率な仕事を担い、日本企業を世界市場で存続させる。一方、人間の社員たちはAIを温かく見守り、会社という共同体を維持するために存在し続ける。
ある外国の経済評論家は、日本企業を指してこう言った。
「これは究極の社会福祉政策、まさに『企業内ベーシックインカム』かもしれない。ただ、人がオフィスに集まってお茶を飲み、AIがせっせと働くのを応援するだけで給料がもらえる国があったとは……。」
確かにこの「企業内ベーシックインカム」は社員にとって快適な制度かもしれない。しかし、これが本当に望ましい未来だろうか?こうした環境は個人の成長を止め、社会全体の発展を阻害する。人は努力を怠り、新たなことを学ばなくなり、社会は停滞し、AIに完全依存する未来が待っている。
しかし、日本の若者たちは本当にこの未来を望むのだろうか?
若い世代にとって、このような未来は決して明るくない。AIに仕事を奪われ、能力やスキルを磨くことをやめ、ただ会社にいるだけで人生を過ごすような状態は、個人の成長も社会の発展も妨げる。世界が急速に変化する中で、自分の価値を高め、新たな可能性を追求する姿勢こそが重要になる。
若者たちよ、「企業内ベーシックインカム」の誘惑に流されてはいけない。自らが主体的にスキルを磨き、AIを使いこなし、新たな仕事を創り出す能力を身につけなければならない。社会を前進させるためには、ただ会社にいることを目的とする人生ではなく、自分自身で価値を生み出す人生を選ぶ必要がある。
若者たちはAIに監視される側ではなく、AIを自在に操り、未来を創造する側であってほしい。
やがて、AIを駆使した少数精鋭の新興企業があらゆる産業に価格破壊を起こし、変化に対応できなかった古くからの日本型大企業は次々と潰れていったとさ。こうして、本当の意味での「企業内ベーシックインカム」時代は静かに幕を閉じたのであった。

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