テレビ業界崩壊の危機と未来

テレビ業界が激震に見舞われている。

かつては「国民の情報源」として絶大な力を誇り、一部では政治や大企業との深い繋がりを背景に、不祥事があっても“揉み消せる”ほどの影響力を持っていた日本のテレビ局。ところが、ネット配信やSNSの台頭を前に視聴率は下落の一途を辿り、スポンサー企業もより効果の見込めるネット広告へと次々に転身を図っている。そんな“弱体化”のさなか、さらなる追い打ちをかけるように深刻なスキャンダルが噴出し、広告出稿停止や株価下落という事態が一気に表面化してしまった。かつてなら大物たちの政治力やスポンサーの結束力で封じ込められたかもしれない事件が、もはや隠蔽しきれなくなっているのだ。

こうした不祥事の背景には、芸能界の大手事務所との長年の癒着や、いわゆる「タブー」の多さが指摘されている。視聴率絶対主義の名のもとに番組作りが進められ、ジャニーズ事務所に代表される有力タレントを起用しておけばCMがつき、制作費が潤沢に確保できる──そんなビジネスモデルが続いていた。しかし近年、YouTubeなどの個人クリエイターがブームを起こし、「芸能界の大御所」的存在への依存度が下がるに連れて、テレビ局と芸能事務所の結束力も緩んできた。そこへスマホや配信サービスが急速に普及し、若い世代を中心に“そもそもテレビ番組を見ない”視聴者層が広がっているとなれば、今まで隠せていた数々の不正や加害行為が一挙に噴出してしまうのも無理はないというわけだ。

一方、この「テレビ離れ」は広告主にとっても大きな転機となっている。テレビCMに頼らず、SNSインフルエンサーとのタイアップ企画やYouTubeでの動画広告など、より効果を“見える化”しやすいネット施策にシフトした企業は少なくない。地上波はますます収益源を失い、経営を揺るがす状態にまで追い込まれている。そもそもここ数年、視聴率の全体的な落ち込みから、広告単価を十分に確保しづらい時代が到来していた。それでも長らく培ってきた政治や財界との太いパイプ、芸能界の大手事務所との“持ちつ持たれつ”の関係によって辛うじて立ち回ってきたが、その土台が崩れてしまった今、業界全体が揺れ動くのも当然の帰結と言える。

では、このまま地上波が総崩れになったらどうなるのか。番組を作る体制や人材はどこへ行き、視聴者は何を見て過ごすのか。その先で浮上するのが、AIという新たな技術だ。たとえば台本作りや番組構成といった“頭脳労働”においては、すでに生成AIが企画の原案や脚本の草案を瞬時に提案できるようになっている。カメラ素材の自動編集やCG合成など、これまで分業で多数のスタッフを要していた部分もAIが肩代わりできる時代が目前だ。もしこれらが本格的に導入されれば、番組制作に必要なマンパワーは大幅に削減されるだろう。

かといって人間の出番がまったくなくなるわけではない。AIが生成した膨大なアイデアの中から優れたものを“選び”、どう魅力的に仕上げるか──ここには依然として人間の感性や倫理観が欠かせない。ドキュメンタリーや報道では現場取材が重要になるし、バラエティ番組でも“空気を読む”演出やアドリブが必要だ。最終判断を行うディレクターやプロデューサーの役割は、逆に重要度を増すかもしれない。要するにテレビ的な“大所帯”の制作体制は縮小し、少数精鋭のチームがAIをフル活用して高品質の番組を作る──そんな形に変わっていく可能性が高いのだ。

そして何より大きく変わるのが、視聴者やスポンサーの行き先だ。多くの人々はすでにテレビ以外でのエンタメや情報収集に慣れつつある。NetflixやAmazon Prime Videoといった有料配信サービス、あるいは無料で楽しめるYouTubeやTikTokは、個々のニーズに合わせて番組やコンテンツを提供する。テレビの枠に縛られないオンデマンド性と、世界中の作品が一瞬で手に入る利便性が人気の理由だ。スポンサー企業もこれらのプラットフォームに広告費を投下し、個人クリエイターと組む手法で新たな市場を開拓している。報道の分野でも、従来の記者クラブ制やスポンサー忖度に縛られない独立系ジャーナリズムが、クラウドファンディングなどを活用して活気づくかもしれない。

ではテレビ局が所有していた膨大なリソース──人材や設備はどう流動していくのだろうか。番組を作るノウハウを持つスタッフは、動画配信サービスや新興メディア、あるいは企業の宣伝部門などにどんどん転籍するだろう。バラエティやドラマの制作力は、ネット配信やイベント企画の場で再び活かされるに違いない。かつての“大御所”局が保有する不動産やコンテンツ資産も、買収や再編の対象になり得る。外資ファンドが資産だけを切り売りし、結果的に地上波放送枠が減っていくというシナリオも十分に想定される。

こうした大再編は混乱を伴うが、同時に「既得権益の崩壊」は業界の浄化にもつながるという見方もある。性的加害やパワハラといった深刻な問題があったなら、むしろ早期に明るみに出して対処し、次の健全な形へ移行するのが望ましいだろう。視聴者としては、テレビ局が減ったところで困ることはそう多くないかもしれない。すでに動画配信を利用している層にとっては日常にほとんど影響がないのだ。

結局、大切なのは番組やコンテンツをどう作るか、そしてそれをどう届けるかという点に尽きる。ネットを舞台に台頭してくる新しいプラットフォームやクリエイター、AIを駆使した次世代の制作手法、さらにはそれに呼応して動くスポンサー企業の新たなマーケティング戦略──これらは混ざり合いながら、従来とはまったく異なるメディアの姿を作り上げるだろう。そこにはもちろん利権やしがらみだけに頼った“隠蔽体質”の入り込む余地は少なくなるはずだ。数十年にわたり日本の情報発信を独占してきたテレビ業界。だが、今まさにその構造が大きく崩れていくなかで、利用者にとってはより透明性が高く、自由度のある時代の扉が開こうとしている。テレビの終わりは、ある意味で新しいメディアの幕開けなのかもしれない。

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